1998年4月に高校の文化祭に出場するためだけに重本ハジメ(ボーカル)、平松ヨーゼフ(ギター)、森やすはる(ベース)、美木章太郎(ドラム)で結成されたバンド。7月に名曲『candy』、『catfood』の2曲のデモを持ってバンコランこと坂東昌明(ギター)を勧誘する。曲を気に入ったバンコランが加入する。文化祭にでてオリジナル曲をするという目標は達成されたがそのあとも少しこのバンドを続けてみることに。しかし高校卒業によりみんなバラバラになるので解散。candyとcatfoodの2曲だけがカセットテープに残された。
2002年8月漫画家を目指して大阪で奮闘していた重本ハジメが帰徳。タイミングの悪いことに徳島で漫画を描くことを決めて帰る準備をしている最中に講談社から連絡が!!!
マガジンの素人投稿の大賞を取ったのである。しかし徳島から最スタートと決めていたので賞金の100万円を片手に帰徳。
2003年12月高校を卒業してあちこち転々としてロンドンに落ち着いたバンコランが約2年ぶりに帰国。 2004年2月孤高のセンチメンタルロックバンド『mule』のギタリストとして活躍中の平松ヨーゼフのバンド、muleが活動拠点を大阪から徳島に移すことになり平松ヨーゼフ帰徳。
2004年5月重本ハジメ、平松ヨーゼフ、バンコランが久々に再開し飲みにいくことに。ひょんなことから再結成の話に。各々がそれぞれの感情を抱きポリバケツメガホン再結成。リラックスした雰囲気で活動したかったのでメンバーを増やさずとりあえず3人(ボーカル&ギター二本)で曲作りを始める。その頃平松ヨーゼフとバンコランはエレクトロニカに興味を持っててエレクトロニカだけど雰囲気ものに終わらない歌ものというバンドの方向性を示しだす。
平松ヨーゼフがシーケンサーを購入し案は具体的に具現化され始める。
2004年10月再結成処女作『mellow yellow』のデモ録音。周りの人から見知らぬ人まで手当たり次第聴かせる。思ってた以上に好感触。
2004年12月平松ヨーゼフが所属するバンド、muleがフルアルバムのためレコーディングにはいる。レコーディングの合間を見てインディーレーベルsunset
lifeからリリースしたミニアルバム『twice as told』のツアーをする。そのためポリバケツメガホンは半年ほど発動停止。
2005年8月mellow yellowと眠れナイトの2曲のレコーディングが始まる。 2005年10月muleのハメスギ君からの熱烈なアピールにミックス&マスタリングを彼に頼むことに。CDジャケ制作はMDOことMatch
Design Officeに依頼。ジャケに使われてる写真は歩いていける地元の海。
2005年11月自主制作CDを手売りから販売開始。瞬く間に話題になる。
2005年12月くるりのベースの佐藤氏が運営するNOISE
McCARTNEY RECORDSのレーベル運営日記にmellow yellowが賞賛される。
2006年1月埼玉のモルタルレコードがポリバケツメガホンのCDが取り扱ってくれることに。徐々に活動の場を広げていく。
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